大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和53年(く)82号 決定

少年 T・I(昭三四・一二・一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、抗告人ら各提出の申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は要するに、本件少年の非行進度は浅く、担当調査官及び鑑別結果通知書の処分意見によれば、その保護処分としては交通短期少年院送致の程度にとどめるのが相当であるのに、中等少年院に送致した原決定の処分は著しく重きにすぎ不当であるから、その取消を求める、というのである。

そこで本件少年保護事件記録及び少年調査記録を精査して検討するに、本件業務上過失致死傷保護事件は少年が最高速度時速四〇キロメートルの速度規制がなされている本件現場において、女友達二人を同乗させて時速約七〇キロメートルで軽四輪乗用車を運転し、交通閑散であつたところから興味本位にいわゆるジグザグ運転を敢行してその結果自車を歩道上に暴走させ、歩道で遊んでいた児童二名のうち一名に対し頭蓋骨々折等の傷害を負わせて間もなく死亡させたほか、一名に対しては加療約二か月間を要する左下腿骨皮下骨折等の傷害を負わせたというものであつて、その過失及び結果ともに重く、その犯情は悪質といわざるをえない事案であること、本件窃盗は右事故発生後一か月も経ないのに、街に遊びに出て歩くのに疲れ、足がわりとするため自転車一台を盗み、以後は家の近くにおいて施錠し街に出る時には使用していたというもので、少年の反省心に乏しい安易かつ軽率な生活態度が顕著に窺われること、その他右各記録によつて認められる少年の資質、年齢、性格、非行歴、生活環境及び行動傾向並びに保護者の保護能力などから判断すれば、原決定が窃盗保護事件の関係で担当した調査官の不処分相当の意見、業務上過失致死傷保護事件の関係で担当した調査官及び鑑別結果通知書の交通短期処遇相当の意見に拘らず、少年に対し前記のような生活態度を改めさせるためには収容保護による相当程度の矯正教育が必要であると判断し中等少年院送致の決定をなしたのは相当であり、原決定の処分をもつて著しく不当な処分に当るものとは考えることができない。

よつて少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安仁屋賢精 裁判官 杉島廣利 川本隆)

〔参考一〕 抗告申立書

申立の理由

原決定は、交通短期少年院送致相当との調査官や鑑別結果通知書の処分意見にも拘らず中等少年院送致決定をなしたが、右処分は以下述べる諸事情からすれば著しく重きにすぎ不当であり、当然取消さるべきものと信ずる。

一 窃盗保護事件の担当調査官○○○○作成の調査記録によれば、少年の非行性進度は浅く、健全な勤労態度をもつており、非行集団にも加入せず、昼間は○○鉱の請負会社の作業員として働き、夜は定時制高校にまじめに通学していたことが指摘されていること。少年が本件交通事件を起した後、尚も、自転車窃盗をした点につき、少年の意思の自発性の乏しさ、無気力な性格をあげているが、処分意見としては不処分相当としていること。

二 業務上過失致死傷保護事件の担当調査官△△氏の調査意見書は、事故後の少年の生活態度に反省の跡がみられないと評価した上、本件事案の重大性を体得させる為、短期交通少年院に送致するを相当とするとの意見を出していること。

三 鑑別結果通知票によれば、少年は温和でのんびり屋であり、当所での生活態度には節度があり、反省の反応も多くみられるとのことであり、交通短期少年院送致を相当との意見を出していること。

四 少年の両親とも健在で、家庭環境としては、少年の更生を保障する上ではさしたる支障もないこと。

五 本件交通事犯の重大性を考えると、少年に対し然るべき保護処分をすることは必要であるが、それも前記調査官等の意見として出された交通短期少年院送致にとどめるのが相当であり、右意見を排斥して少年を中等少年院に送致しなければならないほどの特段事情はないと思料する。

よつて、申立の趣旨の通りの裁判を求める。

〔参考三〕 (少年調査記録経過一覧より抜粋)

昭和五三年七月二五日 福岡家裁久留米支部昭和五三年少第一〇三七号事件受理

九月一八日 福岡家裁久留米支部昭和五三年少第一三七一号事件受理

一〇月六日 一三七一号事件につき観護措置決定

審判開始決定

併合決定(一三七一号事件に一〇三七号事件を併合)

〔参考四〕 少年調査票〈省略〉

交通調査票〈省略〉

交通調査票〈省略〉

調査報告書

福岡家庭裁判所久留米支部

裁判官 ○○○○殿

昭和53年10月25日

同庁

家庭裁判所調査官 ○○○○<印>

昭和53年少第1371号 少年 T・I

上記少年に関し、下記のとおり調査したから報告します

日時 昭和53年10月13日  陳述者 T・M 子

場所 当庁に於いて       少年との関係 実母 職業 家事

住居 大牟田市○○町×番地の××

陳述の要旨 (1) 少年の家庭関係

私は少年T・Iの実母であります。少年の家族は次の通りです。

実父T・S(48歳)建築大工、月収約15万円、高小卒、真面目で働き者

実母T・M子(47歳)家事

実姉T・D子(22歳)看護婦、月収6万(高校卒)京都市右京区居住

以上3名が少年の家族である。

昭和32年暮に新築した17.5坪の自宅、住宅街に位置し環境は別に問題ない。

家族の仲は円満で争いも無かつた。経済的にも安定している。

(2) 少年の生育歴

昭和34年12月1日生、860匁、正常・母乳、生歯、歩行開始順調

昭和40年4月、○○幼稚園入園、20分位、喜んで通園、おとなしく朗か、友人も多かつた。

昭和41年4月、○○小学校入学(徒歩8分位)

小学校時代は休まず出席し、学習成績中位

昭和47年4月、○○中学校入学(徒歩25分位)

休まず出席、学習成績中位

昭和50年4月、○○工業高校入学(電車、バス通学)

3ケ月位いで、乗り物が身体の調子を悪くし転校

〃4月、○○工業高校に転校(定時制……夕方5時~)

昼は父の建築大工の手伝い

時には鉄工所にも働く昭51恐喝……S.52.3.31……不開始決定

他に事件は無かつた。

昭和53年3月30日午後2時40分、本件事故発生

1ヶ月だけ1人だけの勉強があり、その後高校退学

〃4月25日自転車盗……係属中

家業、大工の手伝い、鉄工所に2ヶ月、又父の手伝いをしていた

(3) 本件被害弁償について

A……家から600万円の請求を受けて居り、支払いの方法に困つている。

見舞金、葬義料として金20万円は支払い済み、

B……病院代、見舞品で40万円以上支払い済み……後遺症を心配して示談書は交わしてない。

A家に対しては申し訳なく、支払いたい気持はありますが、金の用意が無いので、金額を下げて頂く樣、交渉中です。

(4) 少年の将来について

少年は、真面目で、おとなしい子でした。良い友人にも恵まれていたのですが……

前回の事件も、女の子の恐喝に巻きこまれたもので、少年は何の手出しもしてなかつたのですが、自転車はどうしたのか解りません。

少年は、将来、父と共に大工として自立させる予定です。

調査報告書

福岡家庭裁判所久留米支部

裁判官 ○○○○殿

昭和53年10月25日

同庁

家庭裁判所調査官 ○○○○〈印〉

昭和53年少第1371号   少年 T・I

上記少年に関し、下記のとおり調査したから報告します

日時 昭和53年10月18日   陳述者 T・I

場所 福岡少年鑑別所       少年との関係 本人 職業坑夫

住居 大牟田市○○町×番地の××

陳述の要旨

(1) 学歴について

昭和50年3月、大牟田市の○○中学校を卒業して、○○工業高校に進学しましたが、通学のバスに醉う為1ヶ月位して○○工業高校の定時制に転校しました。

現在四年生で機械科に在学中で、鑑別所に入る前日の10月5日迄通学しました。

本件では、1ヶ月間の学校謹慎の処分を受けました。

(2) 職歴について

高校1年生頃から、父の許で大工の手伝いをしたのが初めで、その後、肉屋店員、ペンキ店々員、○○組土工人夫、○組人夫、○○組人夫を経て、昭和53年9月26日から、職業安定所の招介で○○工業の坑内夫として勤務してます。

保安講習に4日間出て後作業に入つたので未だ賃金が幾らか解かりません。

(3) 非行歴について

昭和51年10月6日恐喝……昭和52年3月11日審判不開始 昭和53年4月25日自転車盗……係属中

(4) 運転歴について

昭和52年11月終頃、大牟田市の、○○自動車学校に入学し、順調に段階を上り、3時間の補習を受けて卒業

昭和53年1月20日に免許を交付されました。

昭和53年3月20日頃からは、○○住宅の宣伝カーを運転するアルバイトをして3月30日頃は、運転に自信が出来かかつた頃で、馴れてきたと思つてました。

違反歴は、昭和52年1月終頃熊本で通行区分違反1回だけで、反則金6,000円を支払いました。

昭和53年4月24日免許取消の処分を受けました。

(5) 本件非行について

3月30日午前中は、○○住宅の宣伝カーを運転しました。小学校時代からの友人、F(18歳)を助手席に乗せていました。

当日は、仕事は昼迄で終りでした。

2年位前、町で知り合つたG子とその友人が乗せてくれと言うので3人を乗せて、宣伝カーから從兄の鈴木フロンテに乗り替え、Fの先輩のいる○○町に行き、家でお茶をよばれた後、G子が○○町の児童相談所に送つてくれ、というので、3人を乗せて○○町に送る途中本件になつたものです。

(6) 事故の原因

記録66丁、八項に書いてあるのは、殆んどその通りですが、私の記憶と異る点を申します。

時速約70キロメートルとありますが、私は、60K/H位だつたと思います。

同乗していた者が黙つて……話していたか、どうか覚えていません。

蛇行してふざけてやろうと思い……ふざけてやろうとは思いませんでした。

右にハンドルを切つたのは、恰好つけようとしたためです。

後のことは、よく覚えてませんが、記録に書かれているとおりと思います。

スピードを出しすぎて蛇行運転したため、車が横すべりをして歩道に乗り上げ歩行者に衝突した為の事故です。

(7) 事故に対する反省

とり返しのつかない、大きな事故を起してしまつたと思つてます。

被害者や、その家族につくしたいと考えています。

炭坑に勤務したのも、賃金を多く貰つて、賠償金を多く支払う為でした。

(8) その他

事故の時使用していた車は、スズキフロンテ、350ccです。この車は母の妹の子、Eのものです。同人が昭和53年、2月下旬頃自衛隊に入隊することになり、その後私が借りていたものです。車検を受けて間が無いと言つてましたので車の調子は悪くありませんでした。タイヤには餘り山が無かつたので、お金が出来たら取り替えようと思つてました。

山は少しは殘つていたので、整備不良車として検挙される程ではありませんでした。

G子については、私が高校2年の時、大牟田市の○○町で車に乗らないかと誘つたのが初めてで、その後も会つた事があり、最初の恐喝事件の時の共犯者でもあります。

事故当日は、宣伝カーの看板を昼から取り替える為に仕事は午前中で終りでした(次回は何処かのスーパーだと聞いてました)。

(以上)

調査意見書

福岡家庭裁判所久留米支部

裁判官 ○○○○殿

昭和53年10月25日

同庁

家庭裁判所調査官 ○○○○〈印〉

本籍 福岡県大牟田市○○町×番地の××

住居 本籍に同じ

少年 T・I 昭和34年12月1日生

上記少年に関する昭和53年少第1371号業務上過失致死保護事件について調査の結果下記のとおり意見を提出する

本少年を交通短期少年院に送致するを相当と思料する(中等)

理由

本件事故の原因は、スピードの出しすぎと、蛇行運転であり、少年の一方的過失に依るものと言えよう。

しかも、スピードを出す理由も、蛇行運転するいわれも全く無く単に「恰好をつけようとして」言わば気まぐれ、になされたもので、その結果、重大な事故を招いた少年の責は大である。

然るに、事故後の少年の生活態度には、反省の色無く、特に本件後、1ヶ月を経ずして自転車盗を犯した点は理解に苦しむところである。

少年は、賠償の為に炭坑に働いている、とは言え、未だ日も浅く本件事案の重大性を体得させる事が先決と考えられるので上記決定を相当と思料する。

〔参考五〕鑑別結果通知書(抄)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例